事業会社の内製化加速 ─ 2020-2026の市場変化と、エンジニア需要の重心シフト
前稿「SI業界の構造的縮小」では、SI業界が縮小する4つの要因を分析した。本稿では、その変化の主役である事業会社(エンドユーザー企業)の内製化シフトを深掘りする。トヨタ・パナソニック・三井住友銀行等の大企業の内製化事例、メルカリ・SmartHR・LayerX等のSaaS・スタートアップのエンジニア活用戦略、そしてフリーランスエンジニアにとっての具体的な機会を、本誌の取材データと公開情報から構造分析する。
なぜ事業会社は内製化を加速したのか
2010年代まで、日本の事業会社(システムを使う企業)は、ITシステムの開発・運用をSIerに丸投げするのが常識だった。「自社にエンジニアを抱えるのは管理コストが高い」「専門外領域は外部のプロに任せた方が効率的」——これらは合理的に思える論理だった。
だが2020年代に入り、この常識は急速に覆された。「自社で技術を持つことが、事業競争力の中核」という認識が広まり、各業界の主要企業が一斉に内製エンジニアチームの拡大に動いた。
内製化を駆動した5つの構造変化
- DX政策の追い風:経済産業省「2025年の崖」レポート(2018年)以降、経営層がITを戦略テーマに格上げ
- クラウド化(IaaS/PaaS/SaaS):ハードウェア構築不要、エンジニア中心の継続改善モデルが主流に
- アジャイル開発の普及:仕様書通りに作るウォーターフォール型から、仮説検証型へ
- ITによる事業差別化:「自社サービスが競合に勝てるかは、IT技術力次第」という認識の広まり
- コロナ禍の業務オンライン化:DXが「努力目標」から「生存条件」に格上げされた
大企業の内製化事例 ─ 業界別の動き
大企業の内製化動向は、業界によって速度と深さが異なる。本誌が業界別に整理したパターンを示す。
自動車業界:トヨタ・ホンダ・日産の急速な内製化
自動車業界は、コネクテッドカー・自動運転・電動化(CASE)の流れで、IT技術が事業の中核に位置づけられている。トヨタはWoven Planet(現Woven by Toyota)でソフトウェア開発を内製化、ホンダもソフトウェア開発部門の拡大を継続している。5年で社内ソフトウェアエンジニアを3-5倍に拡大している。
金融業界:3メガバンク・大手証券のDX加速
三井住友銀行、三菱UFJ銀行、みずほ銀行のメガバンク3行は、いずれも内製エンジニアチームを拡大している。「銀行=保守的」というイメージとは裏腹に、フィンテックスタートアップとの競合圧力で、社内DX組織への投資を急増させている。
製造業:パナソニック・日立・ソニーの「ソフトウェア企業化」
パナソニックHD、日立製作所、ソニーグループは、いずれも「ハードウェア企業からソフトウェア企業へ」の事業変革を打ち出している。社内エンジニア採用は2020年比で約2-3倍に拡大し、SIer発注比率を継続的に低下させている。
物流業界:ヤマトHD・佐川急便のロジテック投資
物流業界もEC急成長を受けて内製化が進む。ヤマトホールディングスは「ヤマトデジタルアカデミー」を設立し、社内エンジニア育成と中途採用を加速。佐川急便もDX組織を立ち上げ、内製チームを拡大している。
| 業界 | 内製化スピード | 主要プレイヤーの動き |
|---|---|---|
| SaaS・テック | 最速 | 原則100%内製 |
| 小売・EC | 速い | 楽天、ZOZOTOWN、メルカリ等 |
| 金融 | 急速に加速 | 3メガバンク、SBI、SMBC |
| 自動車 | 急速に加速 | トヨタ、ホンダ、日産 |
| 製造業 | 標準的 | パナソニック、日立、ソニー |
| 物流 | 標準的 | ヤマト、佐川、日通 |
| 公共・自治体 | 遅め | デジタル庁が牽引 |
| 建設・不動産 | 遅め | 業界全体としてはこれから |
SaaS・スタートアップの「徹底内製モデル」
大企業より一歩先を行くのが、SaaS企業・スタートアップだ。これらの企業は創業時から「100%内製」を前提に組織を作っており、SIer活用はほぼゼロに近い。
SaaS企業の典型例
- メルカリ:日米合わせて1,000人超のエンジニアを内製で抱える。グローバル採用も積極的
- SmartHR:「自社プロダクトの開発は100%内製」を貫き、エンジニアファースト文化で知られる
- マネーフォワード:金融SaaS領域で内製エンジニアチームを拡大。FinTech系の高単価層を多数抱える
- freee:会計SaaS領域で内製重視。フリーランス含めて柔軟な活用
- LayerX:B2B SaaS(バクラク)で急成長。エンジニア採用が事業成長のボトルネックと公言
- カンム(Pocket Card):フィンテックスタートアップ。エンジニア比率約60%
- 10X:小売向け基幹システム。CTO以下、技術中心の経営
フリーランス活用パターン
これら企業は「100%内製」を標榜するが、実際にはフリーランス・業務委託も積極活用している。代表的なパターンは以下の通り。
| 活用パターン | 典型的な役割 | 契約形態 |
|---|---|---|
| 専門領域のスポット参画 | SREエキスパート、セキュリティ専門家 | 3-6ヶ月業務委託 |
| プロジェクト型 | 新規プロダクト立ち上げ | 6-12ヶ月業務委託 |
| 中核チームの増強 | バックエンド/フロントエンドの追加リソース | 長期業務委託(1年+) |
| テックリード代行 | マネジメント層不足時の補完 | パートタイム業務委託 |
| CTO・VPoE代行 | シード〜シリーズA企業の技術責任者 | 業務委託 + 株式報酬 |
SaaS・スタートアップ向けフリーランス案件の特徴
これらの案件は、SIer経由の案件とは構造的に異なる特徴を持つ。
- 商流が極めて浅い(エンド直100%):CTO・VPoEと直接話せる
- 単価レンジが広い:シニアは月¥150万以上、ジュニアは月¥50-70万円
- 技術選定の自由度が高い:「決められた技術を使う」のではなく、選定段階から関与
- 短期高密度の働き方:週4日稼働・週20時間稼働等、柔軟な契約形態
- ストックオプション付与の機会:シリーズA-B期のスタートアップでは現実的
CTO・VPoE直接案件市場の急伸
事業会社内製化の象徴的な現象が、CTO・VPoE(エンジニアリングマネジメント担当役員)の採用市場急伸だ。本誌の前稿でも触れたが、ここで詳しく見る。
CTO・VPoE採用市場の構造変化
2020年時点では、CTOは「スタートアップの創業メンバー」というイメージが強かった。だが2026年現在、大企業・中堅企業もこぞって外部からCTO・VPoEを採用している。これは事業会社の内製化が「組織変革」のフェーズに入ったことを示している。
| CTO/VPoE採用パターン | 典型的な企業層 | 年収レンジ |
|---|---|---|
| スタートアップ常勤CTO | シリーズA-B、社員10-100名 | ¥800-1500万 + SO |
| メガベンチャー常勤CTO | 上場後、社員300-1000名 | ¥1500-3000万 + RSU |
| 大企業外部CTO | 事業会社、社員1000名+ | ¥2000-5000万 |
| 業務委託CTO(小規模) | シード〜シリーズA | 月¥80-150万 + SO |
| パートタイムCTO | シード〜事業立ち上げ前 | 月¥30-80万 + SO |
CTO・VPoEの周辺需要
CTO・VPoEを採用する企業は、その後テックリード・SRE・データエンジニア・PdMの追加採用を継続的に行う。CTO採用は単発の出来事ではなく、組織全体のIT人材プール拡大の起点だ。これがフリーランスエンジニア市場の「需要のロングテール」を生み出している。
フリーランスがCTO直接案件にアクセスする方法
- 事業会社特化エージェント:Findy Freelance、HiPro Tech等、エンド直案件特化
- 業界ネットワーク:CTO・テックリード勉強会、技術カンファレンスでのリレーション構築
- テックブログ・登壇:自身の発信が、CTO層の目に届く構造を作る
- 転職エージェント経由のスポット参画:レバテックキャリアのような正社員転職エージェント経由で、業務委託契約に発展するケースも
2020-2026年の市場変化データ
事業会社内製化トレンドを、定量データで確認する。本誌が複数のソース(業界レポート・転職市場データ・公開IR)を統合した推計値を示す。
事業会社内製エンジニア採用数の推移
事業会社の内製エンジニア新規採用は、5年間で約2.5倍に拡大した。同期間のSIer新規採用は20%減少(前稿参照)。明確に「エンジニア需要の重心が事業会社に移った」ことが分かる。
事業会社経由フリーランス案件の単価推移
| 年 | SIer経由案件単価 (中央値) | 事業会社直接案件単価 (中央値) | 単価差 |
|---|---|---|---|
| 2020年 | ¥720,000 | ¥780,000 | +¥60,000 |
| 2022年 | ¥730,000 | ¥830,000 | +¥100,000 |
| 2024年 | ¥740,000 | ¥880,000 | +¥140,000 |
| 2026年 | ¥750,000 | ¥920,000 | +¥170,000 |
事業会社直接案件の単価は、SIer経由案件と比べて2020年¥6万差 → 2026年¥17万差に拡大している。これは、事業会社の内製化加速がエンジニア単価を押し上げる構造的効果を持つことを示している。
フリーランスエンジニアの実践戦略
事業会社内製化トレンドをキャリア戦略に組み込む具体的な方法を示す。
事業会社特化のエージェント選び
事業会社直接案件にアクセスするには、エージェントの選び方が重要だ。本誌の15社比較から、事業会社案件比率が高いエージェントを抽出した。
| エージェント | 事業会社案件比率(推定) | 強み領域 |
|---|---|---|
| Findy Freelance | 75%+ | モダンWeb系SaaS・スタートアップ |
| HiPro Tech | 70%+ | 大企業DX・基幹システム |
| Midworks | 65% | 中堅事業会社・SaaS |
| テクフリ | 60% | 事業会社・新興エージェント |
| レバテックフリーランス | 50% | 規模 × 事業会社のミックス |
事業会社案件に求められるスキルセット
SIer経由案件と比べて、事業会社直接案件は「自律性 × ドメイン理解 × プロダクト思考」がより求められる。
- 自走力:細かい指示なしでもタスクを推進。事業会社内製チームは管理リソースが限定的
- ドメイン知識:金融なら金融、医療なら医療の業界理解。「業界用語」をエンジニア視点で翻訳できる
- プロダクト思考:「コードを書く」だけでなく、ユーザー価値・ビジネス価値を判断できる
- モダン技術スタック:React/Next.js、Go/Rust、Kubernetes、AWS等の最新技術への習熟
- コミュニケーション力:CTO・PdM・経営層と直接対話する場面が多い
3社並行登録 × 事業会社軸の組み合わせ
① Findy Freelance ─ モダンWeb系SaaS・スタートアップ直結
② HiPro Tech ─ 大企業内製化案件にアクセス
③ TechHero ─ マージン10%固定で還元率最大化
この組み合わせで、「事業会社多様性 × エンド直 × 還元率」の3軸を同時に最適化できる。
内製化シフトは、エンジニアの市場価値が直接評価される時代の到来
本稿で示したように、日本の事業会社における内製エンジニアチーム拡大は、2020-2026年で約2.5倍に成長し、業界の重心を構造的にシフトさせている。これは単なる「IT投資の増加」ではなく、「企業の競争力源泉が技術力に移った」という産業構造の本質的変化だ。
フリーランスエンジニアにとって、この変化は明確な追い風だ。事業会社直接案件は、SIer経由案件と比べて単価が¥17万高く、商流が浅く、技術裁量が大きい。エンド直特化エージェント(Findy・HiPro Tech等)を活用することで、この機会に構造的にアクセスできる。
ただし、事業会社案件には「自走力・ドメイン理解・プロダクト思考」といったSIer案件にはない要求がある。これらを意識的に育てていくことが、2026年以降のフリーランスキャリアの基盤になる。
次稿「スタートアップエンジニア需要の急伸」では、事業会社の中でも特に成長率が高いスタートアップ領域に焦点を絞り、ストックオプション × 業務委託の新しい契約パターンを深掘りする。